『でめちゃん。』

もう何年も池の中に住む、黒い金魚がいました。
名前は、でめちゃん。
きんぴら村の、こんぴら池に、生まれてからずっといます。
周りの、金魚達の体は赤いのですが、このでめちゃんだけは、
なぜか、黒い体をしていました。
本人も、周りの金魚達も、そんな事少しも気にしていません。
だけど、たまに来る地上の生き物達は、池の中を見て
「わぁー!きれいな金魚がいっぱい。だけど一匹だけ黒いよ。」
「ほんとだ。へんなの、」とか言ったりする奴がいます。
その度に、でめちゃんも他の金魚達もイヤーな気分になるのでした。
「体が、黒い事はダメな事なのか?」でめちゃんは、つぶやくと
そのまま、水草の中で商売をしている、どじょうおやじのところに行きました。
店に入ると、でめちゃんは、さっきの屈辱をはらすかのごとく。
どじょうおやじの、首根っこをつかみ「オレの体、赤くしてくれ!」
と、八つ当たりしながら、言いました。おじさんは、困って
しろやピンク、きいろの色がついた、星の子供の入ったガラスのびんを
でめちゃんに、渡しました。
「これは、不思議なコンペイ糖じゃ。これを食べればきっと、
おまえさんの、気持ちが晴れるような事が、おこるじゃろうて。」
そう言うと、おじさんはでめちゃんの口に、コンペイ糖をひと粒ほり込んで
店ごと消えてしまいました。
そんな事があるはずない。と思いながら、でめちゃんは気を失ってしまいました。
目がさめるとそこは、地上でした。
今まで、池の中からちょこっと、のぞいて見た事がありましたが、なんせ、
えら呼吸なもので、すぐ息が苦しくなって、マトモに見た事
はないのですが、間違いなくここは、地上です。
お日さまのにおい、風の音、池の中では感じた事のない事ばかりでした。
でも、不思議です。こんなに長く地上に顔を出しているのに、息がちっとも苦しく
ないのです。しかも、顔だけじゃなく体ごと地上にいるのでした。
だからと言って、人魚姫になった訳ではなさそうだけど。
でめちゃんは、ちょっとドキドキ、かなりワクワクしながら、
地上を冒険することにしました。
こんぴら池のすぐそばに、大きなどんぐりの木がありました。
でめちゃんは、池の中から天井を見上げて、いつかあの木に登って、
地上の世界のスミからスミまで、見てみたいと思っていたのでした。
たまに、池の中に飛び込んでくる、どんぐり坊やに出会う事があるんだけど
その子は泣いてばかりいて、どじょうおやじを困らせてばかりいたのを思い出します。
今思うと、どじょうおやじは、いつも困っているのかも知れない。
げんに、おいらも困らせた奴のひとりになっているから。
「地上の生き物って言うのは、みんな同じような格好してんだろうな?。
でなきゃ、おいらのこと、黒いだの変だの言うはずがないもんな。」
でめちゃんは、ひとりごとを言いながら、木に登りました。
てっぺんまで行くと、さすがにいろんな物がよく見えました。
だけど、どれもこれも、全く一緒の物なんて、どこにもありませんでした。
空の星だって、大きいのやら、小さいのやら、赤いの青いのいろいろあります。
木だって、葉っぱがいっぱいあるのや、花が咲いてるのやら、それぞれみんな違う。
だけどよーく見ると、ありました。
みんな同じような格好をして、朝から晩まで、はないちもんめをしている。
楽しいのか?楽しくないのか?よくわからないまま、みんながしているから
ただ、なんとなくやっていると言うような奴らが…。おいらには考えられないことだ。
「こんな、へんてこな奴らに変だの何だの言われて、自分を変えようなんてバカな事を
考えた自分が、ほんとに情けない。八つ当たりしてしまった、おじさんにも悪い事
しちゃったよ。」でめちゃんは、悲しくなって泣いてしまいました。
そして、もう、こんな所にいたくないと思いました。
こんぴら池に戻ろうとした時です。でめちゃんは、涙で前がよく見えなくて、木から
転げ落ちてしまいました。
「あぶない!」と思った時には、もう遅いのでした。
だけど、落っこちたのは、木の上からじゃなくて、水草のベットの上からでした。
「あれれ?なんで、おいらここにいるんだ?。」
どじょうおじさんが、優しい目で、でめちゃんを見ています。
「あっ、おじさん、さっきはごめんね。八つ当たりしちゃって、おいらもう
体を赤くしたいなんて思わないからね。」
おじさんは、何も言わずにこんぺいとうをくれました。



おしまい。


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