『おおかみ。』

もうすっかり忘れ去られているんだ。
年に何回かしか開かない扉の向こう側に、おいらがいるなんて誰も知らない。
カビくさい暗闇の中で、もうどれくらい月日が経っているんだろう?
この部屋の隅っこに置いてある、湿気取りに溜っている液体は、
涙なんだってこと、きっと誰も知らないんだろうな。
おいらは、ぬいぐるみ。名前はウォー。
仕事は、小ぶたを襲ったり、羊や赤頭巾のばあちゃんを食べる事だった。
だって、オオカミだから。誰もが恐れ怖がるキラワレ者だから。
むかしは、華やかなライトを浴びて舞台に立ち、小ぶたを追い掛けまわす
悪役を演じては、子供達に嫌われた。
オオカミは何で嫌われるのだろう?。 むかし、おいらがまだ子供だった頃、こんな事があったんだ。
おいらは、とある幼稚園のおもちゃ箱のなかに住んでいた。
まわりには、クマにウサギにイヌにネコいろんなヤツがいた。
子供たちは、おいら以外のぬいぐるみを早い者勝ちで奪い合って遊んでいた。
おいらは、ひとり箱の中。
たまに、あぶれた子が仕方なしにおいらを、連れていった。
だけど、その子は何だか寂しそうだった。
おいらがオオカミだからその子はイヤだったんだ。ホントはクマと遊びたかったのに、
おいらしか残っていなかったから。
おいらは、悲しかった。おいら、何も悪い事してないのに…。
その次においらは、真っ白王国に行った。
どうやってたどり着いたのか思い出せないけれど、その国のモットーは、
『みんな仲良く、仲間はずれなんてしないこと!来る者拒まず、去る者追わず。」だった。
おいらは、とりあえず歓迎されたようだった。
始めてだった、おいらの事を受け入れてくれる所なんて、
しかも悪役としての、おいらじゃなくて有りのままのおいらを見てくれる。
そんなヤツもいるんだと思っておいらは浮かれていた。
確かにここは平和なところだった。
王様もみんなもとても仲良しで、みんな同じようだった。
真っ白王国と言う名のごとく、みんな真っ白だった。
頭の先からつま先まで、恐いくらいに真っ白でなんだか少し不自然に見えた。
それにみんな、王様の言う通り、する通りにしか、行動しないんだもの
王様が、海が好きだと言えばみんな海が好きになるし
、 カエルが嫌いだと言えば、みんなカエル嫌い。だからこの国にはカエルが一匹もいない。
先月、追放されたらしい。
何かが違うなぁと、おいらが思っていると王様がやって来てこう言った。
「どうじゃな、この国はとても良い国じゃろ?。」 おいらは、黙っていた。王様は、話を続けた。
「みんな、とても仲が良くてワシはとても気分が良い。こんなに良い国は、
どこ探してもそうないぞ。 どうじゃ、お前もここに落ち着いては、
どうせ、よそに行っても悪者だと怖がられるだけじゃろ?。」
おいらは、どう返事すれば良いのか迷っていたら
「しかし、ここに住むのであればその色はイカン。お前も白くなるのじゃ。
何も心配はイラン。ワシが、お前を白くしてやるから」
そう言って、おいらの頭に、白い粉をかけようとした。
おいらは、なんだかとても嫌で、その粉をかわした。
王様は、少しムッとしたようだった。そして何だか良く分からないまま
おいらは、真っ白王国を追放された。
真っ白王国を出たおいらは、街の芝居小屋で役者になった。
だけど、決して主役や良い役はもらえなかった。
見た目が悪いと言う事で、いつも悪役だった。
「ウォー、ウォーうまそうな子ブタ、おれ様が食ってやる」みたいなセリフしか
もらえなかったけど、舞台に立つのは好きだった。
今では、いい思い出だ。出来れば一生続けていたかったけど
歳をとって体がホコロビだらけのオオカミなんて、お呼びじゃなくなってしまった。
子供たちにも飽きられてしまったし、今じゃ倉庫の留守番人みたいなもんだ。
湿気取りの中の液体があふれそうになって来た。
だけど誰も気付かないまま、もう何年経っただろう?。
おいらは、カビくさい暗闇の中で、一生このままかゴミ箱行きになるのかを、 ただ待っている。



おしまい。


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